墨絵アスリート

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掠れ、滲み、勢いよく筆を振り下ろした瞬間に飛ぶ飛沫。
特殊な墨を使った筆の軌跡は、空中にそのまま留まる。
作品を生み出す過程が、パフォーマンス化される昨今。墨絵に舞をかけ合わせた競技が、確立されていた――。

今回の舞台は、雪野原。お題は樹木。
墨の色が際立って、一番ごまかしが効かない。しかも寒さで身体がこわばり、動きが鈍くなる。体力、技術力がともに高く求められる舞台だ。

対戦相手は柳を描いた。
風の流れが見える優美な曲線。そして繊細な筆づかいを支える、軽やかな舞。
作品そのものの完成度、パフォーマンスの精度、雪景色との調和は、ほぼ満点。

私はかじかむ手に力をこめて、大きな筆の柄を握る。
腕を鋭く振るった。空気を切るように一息に筆を走らせる。
岩に似たごつごつとした幹、天を突きさす直線的な枝。
全て描ききり、息を切らせて舞を終える。

墨の雫が落ちる枝から、紅い梅が芽吹いた。
ファンタジー
公開:21/02/26 20:55
空想競技 墨絵 動画を元に書いてみた

字数を削るから、あえて残した情報から豊かに広がる世界がある気がします。
小さな話を読んでいると、日常に埋もれている何かを、ひとつ取り上げて見てる気分になります。

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