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「風が向かっています。今すぐ逃げてください」
明け方、気象庁の野崎さんという人からそんな電話があった。
私は妻と喧嘩中で、ちょうど包丁を突きつけられているところだった。
確かに強烈ないびきのような風の音が聞こえる。
野崎さんは言った。
「早く銀杏を空に」
熟れた銀杏を空に投げれば風力は弱まるらしいが、春だもの、あるはずがない。備蓄を怠った私を野崎さんは責めた。
私は妻に土下座した。
「逃げよう。風が迫ってる」
「へぇ」
当然だろう。低めの反応だ。妻は私の髪を優しく掴んだ。
「あの犬と別れて」
妻の手に尋常ではない力がこもり、私の髪を根元から引き抜いた。そのときだ、強烈な風が集落を根こそぎ空へと奪い、家や田畑は宇宙空間に放出され、私と妻だけが私の毛根の銀杏を落下傘にして地上に戻った。
人生は想定外のことばかり。
銀杏にはまだ知られていない力がたくさんある。銀杏を噛めば私は犬に惚れたりしない。
公開:21/02/25 16:01

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