記憶のパラドックス

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老人は語りかけた。
「勉強は好きか」
少年は頭を振る。
「そもそも勉強が嫌いなわしが言うても説得力はないが、好きになった方がええ」
老人はため息をつく。
「わしはてんで出来なんだ。記憶する事が苦手じゃった」
消え入る声は風に拐われた。
「つまらん人生じゃった…」

「そもそも死のうとしているわしが言うても説得力ないが…」
少年の肩に手を乗せる。
「まだ死ぬな」
「何をやっても上手くいかず、ダメな思い出で心が埋め尽くされたらその時考えたらええ」
トントンと肩の手が刻んだ。
「今のわしみたいに」
二人共目線は崖の下を捉えたままだった。


「…てじゃない」少年はつぶやいた。
「なんじゃ?」
「苦手なんかじゃない。お爺さんは記憶することが苦手だった事を今でもずっと記憶してるじゃないか。僕も…同じじゃないか」
少年は初めて笑う。そして…

崖を降りる2つの寄り添う影。
風は小さな嗚咽をかき消した。
その他
公開:21/02/20 06:00
更新:21/02/20 04:34

吉田図工( 日本 )

まずは自分が楽しむこと。

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