内視鏡のまちで

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3年過ぎてもアンコールが止まない劇場で私はついに席を立った。熱狂的なファンからすればそれは背信行為かも知れないけれど私だって3年がんばったのだ。外の空気を吸いたい。
深夜の劇場を出るとちょうどスターが楽屋口を出るところで、私は驚きと喜びから悲鳴をあげてしまった。
スターは唇をもぎとり私にウインクをすると胃壁の街に消えた。
私は自転車をとめてある十二指腸に向かい、でもすぐに帰る気はしなくて胆嚢にあるバーに寄り、久しぶりに食事でもしないかと死んだ夫に手紙を書いた。私が店を出る頃には季節は3つほど進み、北風の吹くペロンチョ。
死んだ夫からは死んだ犬を連れて信頼のおける理容室で散髪をしてから向かうと返事が届く。
私は夫を待つ間、妹に似たおじさんを尾行したり、電柱に縛られた狐を助けたりした。
風に散れた雲が血の雨を降らせて、私は雨やどりの劇場でまたアンコールを聴いた。スターはもう歌えないというのに。
公開:21/02/18 19:30

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