応復書簡　名前のない花屋（拝啓『名前も知らない花』シリーズ）

「花の名前を教えて下さい」
花屋の仕事柄、お客さんによく訊かれる。
特にこの店に限っては、ほとんどの確率で訊かれる。何しろうちの店に並んでいる花は、どれにも名前が書かれていないからだ。
もちろん訊かれれば答えるが、実は面白くない。大抵のお客さんは、名前を知れば満足する。選んだ花に名前という枠組みをはめ、その名前で愛するだけだ。
叶うなら、初めて手に取った感動を、時間と共に移り変わる姿を、純粋な命の輝きを愛してほしい。名前でも花そのものでもなく、花のある時間と幸せを売っている。だからうちの花に名前はつけない。

「この花を下さい」
しばらく前、何も訊かずに買って帰った青年がいた。
たどたどしい手で一輪を抱えた彼は、今日はしっかりと手を繋いでやって来た。
なるほど、彼女が君の『花』か。楽しげに選ぶ二人を黙って見守る。
きっとこの先も、満開の笑顔が咲き続けるだろう。どうぞ末長く、華のある人生を。