中華飯店桜宝軒　全品無料

「桜、散っちまうかもな。こんな日に降るなっての…」
黒い背広姿で首に下げたネクタイ同様に曲がった背中で力なく呟く。常連の源さんが日本酒を舐めた。

線香と源さんの辛気臭ささをかき消すように中華の香りが皆の胃袋をくすぐる。

その日、桜宝軒は弔問客で賑わっていた。

「らくだのコブ、ウマっ」
「オラウータンの唇、最高！」
「象の鼻お代わり！」

山、陸、海、珍味合わせて「四八珍」
中華料理の中で滅びたともされる料理にして、
レシピは四散し、再現は不可能ともされる宮廷料理

「満漢全席」

本場中国でさえ食せる場所は少ない中華の奥義を街の中華屋が再現できたのは、一重に先代のたゆまぬ味への探求と２代目の研鑽に他ならない。

急死した先代の弔いの日。今日だけは満漢全席他料理全てが無料で振舞われる。

鍋を振る２代目の料理に弔問客は舌鼓を打つ。

遺影に浮かぶ先代の仏頂面が少し綻んだように見えた。