終雪

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 戸を開けると、薄紅色の雪が舞っていた。

 彼女を乗せた車椅子を、日の当たる場所まで送ると、僕はひとひらの雪へと手を伸ばした。
 するりと指の間を滑ったそれは、空に吸い寄せられると重苦しい程の青へと、深く、深く、溶けて行った。
 彼女は不器用に笑みを浮かべ、くしゃりと眉間に皺を寄せると、「また来よう。」そう一言だけ言った。
 朝露を着る若草の様にじわりと青白い頬を濡らし、古びたサンダルから覗く自身の爪先をじっと見つめていた彼女に、僕は何か言葉を掛けようとしたが、風が言葉を攫うと、想いだけが静かにアスファルトへ染み込んで行った。
 僕は滲む青を噛み締めながら、震える手を窮屈なポケットへと押し込み、力一杯に首を振った。
 僕にはそうする事しか出来なかった。

 彼女の暖かな影が僕を抱くと、
 終雪は、やわらかに春の終わりを告げた。
その他
公開:21/04/13 15:21

このサイトは詩集の様な使い方をしようかと思っております。
400字以上の作品はこちらに載せています。
良ければ目を通してご感想を聞かせて頂けると嬉しいです。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/212980523

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