乗り過ごす

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時折、眠っていたわけでもないのに電車を乗り過ごす。その駅から歩いて帰れないことはない。折り返すことなく改札を抜けた。新興の街からはみ出すと途端に何もない駅。この何もない駅が好きだった。暗い夜道をのんびり歩く。好きな音楽で鼓膜を揺らしていると、どこよりも夜を満喫できる。まるで夜空を歩いているようだ。なんてね。そんな素敵なものではない。真っ黒なアスファルトに照り返された真っ黒な夜。真っ直ぐ歩けば十五分で家なのに、歩いたことのない路地を見つけると思わず吸い込まれる。小さな寺と小さな墓地。物の怪の類でも出てくればいいのに、期待に応えてくれる某はいない。子供の頃を思い返す。何より闇が怖かった。夜なんてとても一人では歩けない。大人になんてなれないよ。あの頃はまだ物の怪の類がいたのだろう。ただいま。俺は家につく。素敵なことがあったと言いたいけれど、何もなかった。乗り過ごしたよとおどけてべろり舌を伸ばす。
その他
公開:21/04/09 22:11
更新:21/04/10 18:26

puzzzle( 神奈川19区 )

作文とロックンロールが好きです。
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