キスの男

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 今夜こそキスしたい。
 古い油と食材と体臭が混然と澱む繁華街、23時の路地裏で彼女に遭遇したのは半月前の木曜日、ハンバーガーショップの裏だった。喧嘩の声とサイレン、換気扇や室外機の何百というプロペラの回転、排水口のゲップのような音と臭い、そんな壁際のゴミバケツの前に立っていた。黒のパンプスと紺のリクルートスーツに白のブラウスで髪は一つに縛っていた。その髪がふわっとした。と思った瞬間、彼女はゴミバケツの蓋を開け、最敬礼するように頭をバケツに突っ込むと75リットルの半透明のゴミ袋のフチを両手で器用にたぐり、首のところでギュッと縛った。
 それから彼女は、バンズ、レタス、ピクルス、マヨネーズ、トマトなどの生ごみでパンパンの袋を被った顔をこちらに向けた。
 毒々しいネオンが照らす生ごみ越しの彼女の、熟れたトマトが貼りついた唇の魅力。
 絶対にキスしたい。
 その一心で、俺はここに通い詰めている。
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公開:21/04/09 21:41
更新:21/04/09 21:42
シリーズ「の男」

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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