河豚は毒魚か？

仕事がうまくいかず、食べるものにも困っていた私に、父がフグ刺しをごちそうしてくれた。
3，4日ろくに食べていなかったので、皿まで食らわんばかりの勢いで放り込んだ。
舌に触れた瞬間から、全身に痺れるような甘さが走り続ける。

「北大路魯山人が言うには一番おいしい魚はフグらしいんだよ」
皿の花が全て舞った後、父は微笑みながら言った。
「でもフグのおいしさはじっくり噛まないとわからないんだよね」

即座に皿を見る。もちろんもう皿には一枚も残ってはいない。
「そういうことは食べる前に言ってくれ！！」
と言いたかったが、笑顔に当てられ何も言えなかった。

父が亡くなった後、その店に一人で行った。
店にはピンク色の菊が飾ってあった。
一枚つまんで口に入れる。
甘さはないが、噛めば噛むほど味がしみ出し、ゆっくり口の中に広がっていった。

内臓が満たされるような満腹感に浸る。
本来は遅効性なのだ。