365日の急須

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弘法市で、常滑焼の
急須を手に取る。
値段は千円格安だ。

「これは365日の急須で
毎日違うお茶が飲めるよ。」

「毎日違う茶葉を入れると
そうなりますが?」

「違うよ、お湯を入れたら
勝手にお茶になるんだよ。
ただね、同じお茶は
二度と飲めないよ」

最後の言葉が気になりつつ
帰宅後、お湯を入れてみた。
数分で若草色に染まる。

ああ、この香りは
静岡の新茶だ。

翌日は、鹿児島の祖母が
淹れる知覧茶の味。

次の日は、彼氏と
別れ話をしたときに飲んだ
あの味だった。

私は毎日飽きもせず、お茶を飲む。

同僚が淹れる渋いお茶、
妹が出す薄いお茶、
当たり外れもまた楽しい。

365日目、その日は格別だった。
言葉にならず、例えようもない。

これを毎日飲みたい。
でも店主は言った、
同じお茶は二度と飲めない。

茶の湯の精神は「一期一会」
私は365日の急須をそっと置いた。
ファンタジー
公開:21/04/01 22:14
更新:21/04/01 22:17

翡翠工房( 石川県 )

時の栞・翡翠工房(かわせみこうぼう)

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