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僕たちは縁側に座って一本の桜の木を眺めていた。
「やっとここまで育ったね。父さんの夢だったもんね」
「でもちゃんと咲いてくれるか心配だよ」
父さんの顔には不安の表情が浮かんでいた。
大学で桜の研究をしていた父さんは、退職する直前に新種の桜を開発した。
その桜は生涯で一回かつ一瞬しか咲かないという。
桜が美しいのは咲いている時間が短いから。
それが父さんの口癖で、最後まで拘ったことだった。
ガンを患ったと知った時、延命治療を断ったのも桜のことが頭にあったからだろうか。
「父さん、きっと大丈夫だよ」
僕がそう言うと春の風がふわりと吹き、瞬きをした次の瞬間には満開の桜が咲いていた。
一瞬の出来事だった。
僕が再び瞬きをすると、すでに桜は散りはじめていた。
「ありがとうね」
父さんは震える声で呟いた。
隣を見ると、父さんの濡れた頬に薄桃色の花びらが何枚もくっついていた。
公開:21/03/29 19:57

田坂惇一

ショートショートに魅入られて自分でも書いてみようと挑戦しています。
悪口でもちょっとした感想でも、コメントいただけると嬉しいです。

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