メカニカルシールの肉

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照明を落とした機内で乗客は寝静まっている。隣の男はずっとノートパソコンに向かっている。静かで速いタイピング。画面に数式、図面が次々とスクロールする。初老のエンジニアだろうか。
男はパソコンを閉じて足元のバッグに入れると何かを取り出して席のテーブルに置く。どっしりとした円筒形の金属でテーブルがたわんだ。ドライバーでボルトを外すと円形の蓋が取れた。「メカニカルシールは」と唐突に私に言う。「はあ」と返事をすると男は続けて「シール面の軸方向に動くシールリングと動かないメイティングリング、軸に垂直回転するシール端面で流体の漏れを防ぐ」と説明した。「何かの機械部品ですか?」と聞くと「軍事機密なので言えません」ともう一枚の蓋を緩める。シューッと湯気が出た。ステーキの匂い。男は厚い肉を取り出して蓋に置く。ナイフとフォークで肉片を半分に裂いて一切れを中蓋に乗せ、私のテーブルに置いた。「どうぞ召し上がれ」
その他
公開:21/03/30 16:02

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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