水族館

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本を読みに水族館へ立ち寄った。
ガラスの壁と天井に囲まれた館内に入ると、水色の光で満たされた空間を、海の生き物が泳いでいる。フロアの中央には、図書館なみに並ぶ本棚。
一冊手に取り、椅子の一つに腰かけた。天井から落ちる光が、開いた本の上で揺らめく。紙は薄青く染まり、印刷された文字が浮かび上がりそうになる。
ページをめくる。どこかでアザラシが水に潜る音がする。マンタの影が本の上を横切った。

ここでは、日を置いて同じ本を開くと内容が変化する。
揺れる水影に誘われるのだろう。物語が、知識が、思考が、本の中から泳ぎだす。それぞれ独立した世界を持ちつつ、隣の本に出会うと分野を超えて違う要素を取りこみ元の本に戻ってくる。新しい意味や文脈が生まれ、融合し、淘汰されたと思ったら別の本で息づいている。

顔を上げた。ガラスの向こうで、珊瑚に魚が群れている。
資本主義の理論書を閉じ、画集の群れに差しこんだ。
ファンタジー
公開:21/03/28 11:48
水族館

字数を削るから、あえて残した情報から豊かに広がる世界がある気がします。
小さな話を読んでいると、日常に埋もれている何かを、ひとつ取り上げて見てる気分になります。

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