桜源郷

ここは桜源郷だ。
河津桜、寒緋桜、染井吉野ーー年中さまざまな種類の千本桜が色とりどりに咲き乱れ、桜吹雪が絶えない。空は薄いピンク色の霞がかかっている。
古代から日本では、桜は御神木として大事にされてきたとおり、桜源郷も誰もが来られる場所ではない。
この世で我が身を犠牲にして他人の命を救ったり、偉業を成し遂げた日本人が辿り着ける。そう、あなたのように非業の死を遂げた者も含まれる。
日本人といったのは、出身の国によって花が違う。オランダ人だったらチューリップだったり、中国人なら桃林に囲まれた桃源郷へ逝くだろう。
ただ、桜源郷にも外国人がいる。桜に関係する偉人だ。例えば、あそこにいるロシア人は、最晩年に戯曲『桜の園』を書き上げて亡くなったチェーホフだ。
私が誰だって。名乗るほどの者ではないが、もともとあなたと同じ日本人だ。この世で桜守をしていた関係で、生まれ変わることなく桜源郷で番人をしている。