人間の名前がついている

それは名前がついている何かだ。
それは生きているように見えた。それが何かはわからない。
ただ、人間の名前がついているので人間かもしれない。
それは途切れ途切れに声を出した。
なぜその音韻が人間の名前だと思ったのか私にはわからない。多分、私の問いかけに答えたように思われたからだろう。
「お前は誰だ？」

やがて私は歩き始めた。それから離れたかったのだ。
遠く距離をおいてから振り返るとそれは微かに動いていた。気のせいだろうが気味が悪いものだ。
考えると吐きそうになった。

今、遠い時間を隔ててそれを思い出す。
今では生き物だったのかどうかでさえ定かでない。
ただ私には聞こえる。「お前は誰だ？」という声、私に問う声が聞こえる。

私は私が人間には発音のできない名前であってほしいと思う。
もしそうならば、私は虚空に浮かんでいるだろうからだ。
生物かどうかさえ分からないそれに私はなりたいと思う。