りんぷんないと

8
6

みのむしになります。
会社に出した辞表には今後の生き方を記した。一身上の都合。それは私にとってみのむしになること。私は幼い頃からみのむしの崇高なるぶらさがりに憧れてきた。会社員時代は休憩のたびに給湯室や屋上でみのったし、休日には妻や娘を連れて川端の桜や銀座のビルをみのり歩いた。
腕力や持久力よりも心の美しさがみのむしには大切だ。私は会社を辞めて、理想のみのりを求めて世界中を歩いた。コロナ禍で国をまたぐみのりが難しくなってからは国内の給水塔を巡り、塔の内外にみのることで終息を祈った。みのることは祈ることだから。
深夜、満天の星空に成虫の蛾となって翔ぶ鱗粉のパフォーマンスを動画配信すると、給水タンクの内壁を流れるタイムラインに灯火のような「いいね」がみっつ。妻と娘ともうひとり。私は知らない誰かに届いたことが嬉しかった。涙はタンクの中で水琴のように響いて、アンコールの鱗粉を体中に塗りたくった。
公開:21/03/26 16:48
更新:22/07/04 13:38

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容