うつる

　「光あれ」の言葉から始まったこの世界が光学現象だということは自明です。昨今ではＶＲもどきのＡＲが幅を利かせておりますが、３Ｄの本質はホログラムの構造を有しております。それで、わたしはこれから蜃気楼にまつわる話を披露するのです。
　先だって、とある都市の摩天楼が上空にくっきりと蜃気楼として現れたのですが、その際、その高層ビル群から飛び降りる青年の姿を大勢が目撃しました。蜃気楼は上下反転して現れるのですから、その青年は空へ落ちていったように見えたわけですが、実際は、その飛び降りた青年は、蜃気楼を見上げていた大勢のうちの一人の青年の頭上に落下したのです。
　ところが、路上には、転落死した青年ただ一人の遺体が残されていただけだったというのです。
　これは、蜃気楼という光学現象によって複製された青年が、その潜在意識にあった自殺願望をとうとう実現してしまったのだろうと考えられます。
　話は以上です。