モノガタリの国

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ローカルな店に行くのはやめておけ。忠告されていたのだが好奇心に負けた。
古びた居酒屋からは賑やかな話し声と、涎を誘うよい匂い。
暖簾をくぐると角に三人、丼をかっこんでいる。
『兄さん見ない顔だな』
座ると目の前のテーブルが話しかけてきた。
これがアレか。ツクモか。
感動に浸っていると椅子が悲鳴をあげた。
『この人重過ぎ!』
「ごめん」思わず謝ると椅子はフンと鼻を鳴らした。

無言の給仕が置いた湯飲みが突然箸立てと愛を語り合い、嫉妬に狂ったお品書きがペラペラ捲し立てる。頭上で揺れる灯りが、カバー越しに扇風機が、踏みしめる床が、運ばれた料理の器が、レジが、みんなが私に語りかける。

ホテルに帰るとほっとした。
20年おきに取り替えられる調度品が、壁紙が、カーテンが、静寂を保証してくれる。
衰えたこの国には新しいモノは少ない。
長く使われる古いモノたちがのべつまくなしに語る、そんな国にいる。
ファンタジー
公開:21/03/20 23:34

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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