荒野の魔女

2
3

トネリコの木の前に住む老人は不機嫌だった。
揺り椅子を動かしながら、編み物をして息子の帰りを待つ老婆。
しかし、我が子はいつまで経っても帰っては来なかったからだ。
彼が戦争へ出掛けたのはもう何十年も前の話。
とっくに呆けてしまった彼女の心には、息子が幼かった頃の思い出の残滓が握られていた。


あの子はもう帰って来ない。

たったその一言が受け入れられず、母は長い年月を泣いて過ごした。
世知辛い世の中に揉まれたその悲しみは、ある意味、彼女に信仰と向き合う時を与えた。
年老いて干からびた枯れ木の手足を引きずりながらも、心は今日も戦地へ去った我が子の方へ向いている。


想い人は帰らない。

どうあがいても変えられない事実と頑なに風化せず残る、憤りと嘆き。
そうして、世間から見捨てられ、魔女と恐れられた彼女にも旅立つ日がやってきた。

二度と帰らない旅路の果てに想い人は待っているのだろうか。
その他
公開:21/03/14 07:00
更新:21/03/15 21:27

水鏡かけら( 日本 )

執筆のリハビリがてらに、書いております。
noteでは、web小説や映画のレビューも書いています。
*アイコンは、むしのいき様@333Musino

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容