蝶だって擬態することもある

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 いつものようにヒナタは深くうなずく。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて。

ヒナタが実家のドアを開けると、愛用の仮面ライダーマグカップから湯気が立っていた。湯のみぐらい買えばいいのに、ほんとうに貧乏性。ほんとうに貧乏なシングルマザーなんだから、仕方がないか。
「ゆう君用に濃い目に淹れといたから」
 お母さんから差し出された緑茶をすするヒナタの口元に、もはや髭はない。顎まで伸びた髪をヘアゴムで縛ったり、膨らみすぎた胸をサラシで抑えたりしているけれど、お母さんにはこの姿でさえ自慢のエリートサラリーマンに見えているのだから不思議だ。もうお母さんの知ってる雄介でもないのに、お母さんだけ時間が止まっている。

 ヒナタは現金の入った茶封筒をテーブルに置いて、ごくりと唾をのみこんだ。
 「あのさ、僕」と今日も話を切り出せなかったヒナタの目の前で、あかぎれだらけのお母さんの手が、せわしなく動いていた。
その他
公開:21/01/05 14:01

ヒナコ( 関西・兵庫県 )

主にクィア小説を書いています。
クィア理論やフェミニズムの理論を、小説のなかで具体化することを目標に、現在は技術の向上を目指して、習作を制作中です。

読みにくい作品が多いかもしれませんが、偶然テキストに出会っていただいた方に、少しでもお土産を渡せるように努力を続けておりますので、コメントなどいただけますと、嬉しく思います。

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