控え室

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布団の中から伸びた彼女の手が机に広げたままのポテチの袋から器用に一枚だけつまんで布団の中に戻っていくのを私はぼんやりと見ていた。
その指には絹ごし豆腐のような滑らかな美しさがあって、とりわけポテチをつまんだ薬指と中指の見事な反りは、天敵から逃れて大海原を跳ね飛び泳ぐトビウオのようだった。
見惚れた私はストーブで背中の毛を焼いてしまって控え室はひどく焦げくさい。寒いのに同じ布団に入らないのはソーシャルディスタンスだし食べかけのポテチに触れないのは感染予防だ。
「もうすぐ開園だけど」
私の問いかけに彼女は応じない。
正月も4日になればほとんどの出演者は起きるのに彼女は晦日の夜から寝っぱなしだ。園長は警告としてポテチに奈良漬やガリを混ぜたけれど彼女の指はそれらを見事に避けてポテチだけをつまんでいく。
この控え室にいるということはきっと人類なのだろうけれど、私は彼女や自分が何者なのかを知らない。
公開:21/01/04 14:57

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