聴こえますか

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ヌーの群れが私の退路を絶った。もう前に進むしかない。迷いこんだ森の中には夢二の描いた女たちがそこかしこで私を誘っていて、私が踏みしめる落葉と彼女たちが噛みしめるかりんとうの音が一音のズレもなく重なり合うとき、遠く聞こえる空爆や、軍靴や、世界中の心臓の鼓動が相殺してこの星には静寂が訪れる。
森の中で冬の枯木を見上げると空はさざなみの海で私は海の底を歩いている。何から逃げて何を追いかけていたのだろう。
目の前には祈るにふさわしい場所がぽっかりと広がっていて柔らかな光が射している。
シジュウカラとヤマガラがまだ幼いおせんべいの子を咥えてやってきては放り投げ、次の瞬間にはつつきはじめる。私は子を奪われたおせんべいに駆け寄って、その足音でこの静寂をキープする。私は音の過不足を調整するために生きている。
誰もいない元旦銀座並木通りの真ん中であったかいおしるこの缶を開ける。その音をあなたに届けたくて。
公開:21/01/02 12:15

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