すぐ家に帰る

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 蝶々かリボンか知らないが言葉と匂いが縁を結えた。「すぐ家に帰る」幼い僕はそう言い残し家を飛び出す。遊びたりなくていつもの様にその約束を破る。バチが当たったのか神社でゴムボールを失くしてしまう。潜り込むつつじの植え込み。気がつけば辺りは暗闇。急に心細くなり泣いていたところへ地面を泳ぐ懐中電灯の灯り。祖母が迎えに来てくれた。時は巡り、大学進学を言い訳に家を出た僕。珍しく故郷へ顔を出した日。夏の終わりの縁側で夕涼みに包まれる祖母。胸元で風が起きないほどゆっくりと団扇を仰ぐ。「風鈴も片付けないとね。夏に取り残されてるみたい。今年は見れるかな? 金木犀の花」ぽつりぽつり、そう呟いた。数日後力尽きる様に救急車で緊急搬送された。駆けつけた病室で「すぐ家に帰る」と祖母はそう言った。庭先には黄色い花弁が地面に敷かれている。この香りを嗅ぐ度に思い出すだろうか? 
 帰りはしない祖母。それは優しい嘘だった。
その他
公開:20/12/28 11:16
更新:20/12/28 11:17

木戸要平

講談社が運営する小説投稿サイト
NOVEL DAYSにて執筆中
https://novel.daysneo.com/sp/author/Sisyousetu/
 

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