1
2

昨秋、講師派遣業者からの依頼で、実家近くの私立高校の教壇に立った。数III受験対策ゼミの臨時担当だった。
「はい、では出席を取ります」
科目の性格上、受講生は12人と少なめだった。人の名前を初見で間違えずに読むのは意外と難しいものだが、最後の吉本君の前までは順調だった。
「フルモトくん」
「先生、ヨシモトです」
「あー、ごめんごめん。吉が古に見えちゃいました」
単純ミスで、気に留めるほどのことではなかった。
だが、同じことがこのあと3週も続いてしまった。もう歳かな?確率変数の話をしてその日の講義を終えると、吉本君が近づいてきた。
「先生。古本って、いたんです」
「2学期は取っていない?」
「死んだんです」
「・・・・・・」
「7月の終わりに。スマホ見ながら下校してたら右折のクルマに撥ねられて」
「・・・・・・」
まさかの坂で立ちすくみ、息をするのも忘れた。その運転手は僕の父だったから。
その他
公開:20/12/25 23:51

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容