ヨシミと名付ける

　仕事は5年前に定年退職した。妻には2年前に先立たれた。便りを交わすような友はいない。子供もいなかった。近所付き合いをするほど融通の利く性格でもなかった。もう私には私が関わりたい人も、私に関わりたい人もいなかった。おかげで人間関係で揉めることもなくせいせいするが、こんな毎日がいつまで続くのだろうと嫌気がさしていた。

　朝起きると毎日散歩した。長生きしたところで楽しみなんて一つもないのに体が弱くなるのを怖れた。夜になると興味もないのにテレビを点けた。ニュースや、くだらない番組に文句を言った。そうしていないと、声が出なくなるんじゃないかと不安になった。たぶん、それがひとりで生きるということなのかもしれない。

　庭先に黒猫が来るようになった。手で追い払っても逃げようとはしなかった。あまりに毎日来るので、その猫と私には縁もゆかりもなかったが、昔飼っていた猫に似ているよしみで飼うことにした。