一輪のあまり

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夏の終わりに流したはずの樹生の思い出が排水口に詰まってあふれ出たのは昨夜のこと。湯船の湯に浸かり排水口の蓋を外すと甘い腐臭の白く可憐な花が地球の底まで管いっぱいにどこまでも咲いているのが見えたから、不快な気持ちをすっかり覆って一輪だけ余る、そんな気持ちになった。
離れていった彼のことなどもう忘れたつもりだった。一輪だけ余る花。心残り。プラマイ無しよりわるくないメルヘンだと湯の中で思ったら、私の心に咲く花も甘い腐臭を放っていることに気がついた。
クリスマスだというのに湯船にはふやけたゆずが年の数だけ浮いていてかろうじて湯が湯だとわかるのはゆずひとつぶんだけぽっかりと雲の晴れ間みたいに夜空の星を映しているから。
シャーベットみたいな音のする窓をすべて開いて宝石みたいな冬空の露天にひとり。それも昨夜のこと。
樹生のマンションのオートロックは私の誕生日ナンバーのまま開いた。今、永遠みたいな扉の前。
公開:20/12/24 17:51

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