讃美歌のように

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荷造りをしているとセロハンテープがなくなった。妻はセロテープと呼んでいる。おそらく地方によって呼び名が変わる品々の一つであろうこれも。次は暖かい所だ。今、窓から覗いている雪は滅多に見られなくなるだろう。
「賢治くん、セロテープ買いに行くついでにご飯も食べて帰ろうか」
妻の良子が軍手を外しながら言った。僕は喜んで同意した。
外に出ると雪はもう止んでいて、変わりに夕焼けの光が降り注いでいた。讃美歌が角の教会から聴こえてくる。この道を通る度によく聴こえてきた歌だ。この歌ももう聴けなくなるのかと思うと少し胸がキュッとなった。僕は手を伸ばし、久しぶりに良子の手を握った。良子は驚いて肩を強張らせたが、すぐ力は抜け、僕の手をキュッと握り返した。そして僕に向かって微笑んだ。だけど光に照らされてよく見えなかったのが残念だった。
次の場所でもまた握ろう。そして、この歌を一緒に歌おう。嫋やかで、美しいこの歌を。
その他
公開:20/12/23 17:29

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