婚約の習わし

4
5

鈴の音を響かせ、村に旅の若い僧がやってきた。
既に夕暮れ時である。僧は名主の屋敷に泊まることになった。
名主には娘がいた。歳は僧とさほど変わらないだろう。
村を出たことのない娘は、僧の体験談に夢中になった。
僧もまた、娘を喜ばせようと話を盛り上げた。

「私は権現堂を目的にこの村に来ました」
僧が告げると、娘はたちまち険しい表情になる。
権現堂は村人も近寄らない険しい崖の先にある。危険だ。
「大丈夫。私は必ず帰るから」
僧は娘に鈴を渡した。
「では、これを」
娘は櫛を僧に渡した。
僧が無事に戻ればお互いの手元に戻る。

2日後、川に娘の櫛が流れ着いた。
娘は鈴を握りしめ、そのまま川に身を投じてしまった。
村人は引き上げられた鈴と櫛を一緒にし、手厚く弔ったという。

以来、この村では男性が鈴を女性が櫛を贈り合い、夫婦になるのが習わしとなった。
ものでしか結ばれなかった二人を忘れぬようにと。
その他
公開:20/12/23 06:23
更新:20/12/31 07:21

おおつき太郎

面白い文章が書けるように練習しています。
日々の生活の中で考えたこと、思いついたことを題材にしてあれこれ書いています。


Twitterはじめました。
https://twitter.com/otaro_twi
 

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容