早起き散太さん

6
4

ガキのころはよく豆腐屋から豆腐を盗んだ。母や妹の誕生日に。豆腐を盗むのはお祝いのため。
部屋の明かりを消して絹ごし豆腐に挿したろうそくに火をつける。うたを歌って、私たちはかつぶしみたいに踊った。
忍者だった父からは信じることを叩きこまれた。信じることが自分を強くする。信じることが誰かを幸せにする。
父は忙しい人だったから共に暮らした記憶はない。いつも雑踏でふたりきりで会った。母にそのことを悟られぬようにするのも忍者の子である私のさだめ。
本当のケーキは甘くない。本当のケーキは豆腐屋の水槽に沈んでいる。だからケーキ屋はケーキ屋でなく、豆腐屋こそがケーキ屋。そう信じて生きてきた。
盗むのは一丁だけ。盗んだことを悟られてはいけない。悟られるのは泥棒で忍者ではない。
私はもうすぐ米寿。
豆腐屋の冷たい水槽に腕を沈めながら、ひ孫の喜ぶ顔とかつぶしみたいなダンスを思う。
聖なる早朝。メリークリスマス。
公開:20/12/24 14:19

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容