絵描き
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職場の年度末の旅行が神戸だった。行く前は何にも考えていなかった。疲れ切っていたので仲間のように目的の場所もなかった。駅に降り立ったときは、みんなはそれぞれにばらばらに目的に散っていったので一人だった。何気なくぶらぶらと町を歩いていると、突然目の前に、真っ赤な服を来た初老の男性が口を開けて言いようのない表情で虚空を眺めていた。なぜだか分からないが吸いよせられたように近づくと、それは、時計屋のウインドウに飾られていた一枚の絵だった。見たこともない絵だった。酔っ払いの疲れ切った表情、禿げた頭、腹の出た初老の男に瞬時に魂ごと持って行かれた。ものすごい衝撃だった。一日中絵の前に立っていた。 その日以来猛烈に描き続けた。絵以外は考えられなくなった。男の表情が頭から離れなかった。程なくその絵を描いた画家は自殺した。絵の老人が見ていた虚空は死で、絵の男は予感していたのだろう。私も絵描きになった。
その他
公開:20/12/24 10:18
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