結末の続き

10
6

食卓の上には一冊の文庫本が残されていた。私はひとつの事実を忘れないでおくために、その本をずっとそこに置いていた。

妻が失踪して二週間が経つ。彼女の持ち物はすべて残されたままだ。日常の風景から、彼女の姿だけがすっぽりと抜け落ちてしまった。

件の文庫本は私が学生の頃に読んでいたものだ。これまでその存在についてはまったく思い出すことがなかった。彼女がそれをどこから見つけてきたのか、皆目見当がつかない。

小説を読み直して、愕然とした。細部の違いこそあれ、そこには私と妻の出会いからいままでを、そっくりなぞったような物語が描かれていたのだ。さして劇的な内容でもなかったから、まるで覚えていなかった。

最終章で、妻は突然主人公の前から姿を消す。そして物語が幕を下ろすまで、ついに再び現れることはない。

私は文庫本を鞄に詰め、玄関に鍵をかけた。当分戻ることはないだろう。

物語はまだ続いているのだ。
ミステリー・推理
公開:20/12/22 07:00
更新:20/12/21 21:34

レオニード貴海( 某海なし県 )

さまようアラフォー主夫

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容