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病院の外は大雪だった。
冷たい風が針のように全身をチクチクと刺す。踵を返して暖かい病室に帰りたくなった。
しかしそれは両脇にいる医師と看護師が許さない。
「また外来でお会いしましょうね」
同年代であろう医師が言う。彼の左手には結婚指輪が光っていた。そういえば僕の結婚指輪はどこへいったんだっけ。
記憶の糸を手繰ろうとした瞬間、僕はタクシーに押し込まれ、あっという間に出発してしまった。
僕はもう家には戻れない。これから施設に入所し「更生」をしなければならないらしい。
数ヶ月前、同僚から「疲れが吹き飛ぶよ」と錠剤を勧められた。それを飲むと頭が冴え渡り、魔法のように仕事が捗った。なのに妻は「お願いだからやめて」と僕の邪魔をした。幼い息子は泣いて僕を困らせた。この家がなければ仕事ができるのに。僕は家に火を放った。
あぁ、思い出した。
結婚指輪は妻と息子と一緒に煤けた瓦礫の下敷きになったんだった。
その他
公開:20/12/21 20:10
更新:20/12/21 22:35
精神疾患

テレフォン高橋

みんな喋れます。あなたが耳を傾けないだけで。

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