トッカータ

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ステージでピアニストがバッハを弾いている。静まったホールにピアニストの指先から強い音が玉のように弾んでこぼれ続ける。譜めくりの女性が椅子から立ち上がって楽譜をめくる。そして下がる。譜めくりは椅子に戻る時に黒いブラウスの胸元を揺らす。ピアノが進むにつれて、座っている譜めくりの胸の揺れが大きくなってくる。胸が徐々にはっきりと、ピアノのリズムに合わせて上下に揺れはじめた。観客席の私は譜めくりから目を離さなかった。その息づかいまで聞こえる気がして。
譜めくりの女性と別れたのは二年半前。今日、ステージで二年半ぶりに彼女を目にしたわけだ。この前に逢ったのは華やかなイリュミネーションの輝く街だ。年末が近く人々の流れが忙しい。小路に入ってビルの陰で抱擁していると彼女はリズムをとって身体を揺らす。私は彼女の胸の上下振動を愛おしく感じて聴いていた。街に流れていたのがトッカータだったかどうか覚えていないけれど。
その他
公開:20/12/16 16:56

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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