LOST TIME

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父の遺品整理をしていた私は、頑丈そうな箱の中から漆塗りの重箱を見つけた。
「玉手箱だ」
私が幼少の頃、出稼ぎをしていた父は別れの際、お世話になった社長からこの玉手箱を受け取った。
『生涯、開けないように』
父は、死ぬまでその約束を守り抜き、この箱の中身は今も謎だ。
もう約束は果たしたはずだ。私は好奇心には勝てず、箱を開けた。

ふわぁと白い霧が目の前に現れた。息を吸う度、在りし日の父の姿が脳裏に浮かんだ。

夕暮れの中、キャッチボールしてくれた父。
鉄棒の練習に手伝ってくれた父。

「違う。こんなことなかった」

目の前に映る光景は、失われた父の時間だ。呼吸の度、父と共に歩むはずだった時間が私の胸を熱くした。

やがて、霧は消え、視界が戻り始めた。和室の中は主人との時間を取り戻し、柱や壁など至る所に傷が増えていた。

遺影の父は頭部が薄くなったものの、目尻を垂らし、穏やかな表情をしていた。
SF
公開:20/12/13 19:31
更新:20/12/13 22:46

イチフジ( 地球 )

マイペースに書いてきます。
感想いただけると嬉しいです。

100 サクラ

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