桜貝と蛸 ※無責任書き出しストック3

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「本当に、蛸を食べなければいけないのでしょうか?」 と桜貝が訴えかけてきた。
「わたしは一人砂浜の冬を歩いているだけの異邦人なの、だから、分らない事と言葉が多すぎるから、ごめんなさい」
 赤く悴む手のひらで、桜貝は震えていた。美しい色。美しい形。そのなかに小さく掬った冬の冷たさが、果て知れぬ海原を吹きぬけてくる風と同じ冷たさなのが悲しかった。
「わたしはこのままで幸せだったんです。食べたり、食べられたりするのはもうたくさん」
「無機物っていうんでしょ? あなたはいつだって詩に生きているのでしょ?」
 桜貝。たしかにわたし、この貝が生きて動いている姿を見た事がなかったな。蛸?
「あなたが蛸を食べるとどうなるの?」
 そうたずねたわたしの手のひらを、カリリッっと噛んだ桜貝。生命線の上を血が潮の香りで流れ落ちて砂に滲んだ。それは、小さな人の形に見えた。
「食べたり食べられたりする人間になるのよ」
ファンタジー
公開:20/12/11 10:19
更新:20/12/11 10:20
無責任書き出しストック

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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