告白の満ちる夜

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海なんて何十年ぶりだろう。夫は家庭なんか顧みず、自身の研究に没頭してきたから。

私は、夫が何の研究をしているか知らない。尋ねても、いつも私をはぐらかすみたいに。今日もそう。

「僕が集めてるのは海風に攫われた言葉たちさ。おもに告白だね。貝殻の蔭で何年も眠ってる。今夜はそれが一斉に目覚めるタイミングなんだ」

やっぱり分からない。でも引退を決めた夫が、次世代へ託そうとしている研究を、最後に私に見てほしかったんだ、というのは分かる。

水平線に最後の光が吸い込まれ、あちこちから囁きが溢れだす。幾星霜も届かずにいた想いたち。

「言葉は届かなければ意味がないわけじゃない。心に温めていたものを自分から外に、つまり世界に放ったことが大事なんだ。それで未来は変わるから、かならず」

私も伝えようと口を開いた。が、そこにちょうど海風が…。ま、いいか。私も次世代に託そう。研究者の妻が行き着いた胸の内を。
ファンタジー
公開:20/12/11 22:48

糸太

400字って面白いですね。もっと上手く詰め込めるよう、日々精進しております。

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