顔も知らない愛する人へ

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昨日祖父が死んだ。亡くなったというのが丁寧だが、より強烈に死のイメージが伝わるだろうからこちらを選ぶ。昨日、一度も会ったことのない祖父が死んだ。
僕は今日故郷に帰る。長らくアメリカにいたから少し緊張する。
「やあ、こんにちは」
日本語だった。
「日本人だとよくわかったね、おじさん」
「見ればなんとなくわかるものだよ」
壮年の男性が隣に腰掛ける。ふと、口が開いた。なぜだろうか。
「昨日、おじいちゃんが死んじゃったんだ」
「……」
「一度も会ったことが無いんだけどね。何も思わなくてもおかしくはないけど、少し悲しい。いや、寂しいかもしれない」
「よく知っているよ。私も昨日、孫を亡くしたんだ」
「……」
「私も彼と会ったことはないのだが、やはり寂しい」
どちらともなく席を立った。なんとなく話し続けてはいけない気がしたのだ。
死んだのは祖父か僕か。
知らないはずの祖父の顔が脳裏に浮かんだ気がした。
その他
公開:20/12/11 20:52

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