夏が終わる

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 長い人生の、ほんの夏休み。そんな言い訳を掲げた特別な数ヶ月だった。ベッドに彼女を残し繰り出すベランダ。肌触りの良い風はTシャツになる。大学を卒業し、職にも就かず宙ぶらりんの僕。汗ばんだ額が乾いた。
 軋む網戸が開く。裸足にサンダル履きの彼女がベランダにラムネを持ち寄る。彼女は三十路過ぎ。婚約者に逃げられ、大衆食堂で働き始め、以下省略で現在に至る。彼女が借りた五畳半が世界の全てだった僕。
 栓を押し込めば溢れ出し慌てる。訳などないのだが言葉もないまま乾杯した。喉に流れれば澄み切っていて、なんだか真新しい。ベランダには垂れ下がる電線。無造作に並ぶ瓦屋根。痩せ細った階段に、ツツジの花。そこには営みがあった。
 炭酸は口の中で弾ける。ふたりは永遠なんかじゃない。甘ったるさも残さずに、潔く消えてゆくラムネの様に。
 彼女はふと呟いた。「風が冷たくなってきたね」と。その言葉で全てが分かった。
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公開:20/12/11 20:07
更新:20/12/28 11:26

木戸要平

講談社が運営する小説投稿サイト
NOVEL DAYSにて執筆中
https://novel.daysneo.com/sp/author/Sisyousetu/
 

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