記憶の呼び声

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人は、生まれる前にはすべてを知っていた。だがこの世界へやってくるとき、そのほとんどを忘れてしまったのだという。

物を見るとき、あるいはなにかを知るとき、本当は新しい知識を得たのではなく、もともと知っていた物事の欠片を思い出しているのだ。

「イデア論」
「素敵な話だと思わない?」
「どのへんが?」
「我々が再び過去を想起するためにこの世界を彷徨っているんだってところがさ」
彼女は少しだけ首を傾げて考えていたが、やがて首を振った。
「わからないわ」

真実はいつも隠されていて、分厚い扉の奥、闇の中で息を潜めている。人が見、体験するあらゆる事象は、すでに起き、いつか通り過ぎたものたちの似像なのだ。

「それで、何か見えた?」
彼は拳を丸めて頬杖をつき、わずかに眉間を歪めた。
「計画は決行されるようだ。明日の夕、渋谷だ」
彼女は礼を言うと部屋を出ていった。

静寂がまた、彼の思考を包み込んだ。
ファンタジー
公開:20/12/09 07:00
更新:20/12/09 06:44

レオニード貴海( 某海なし県 )

さまようアラフォー主夫

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