家の交換

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「家を交換しませんか」と持ちかけられたのは、初冬のフローリングの上だった。
 一人暮らしの僕は、当然ソラミミだと思った。その甲高い声は心に響いてくる類のものだったからだ。
 冷たいフローリングに仰向けで寝ていると”遭難”という一語が身近だ。
「わたしの家は暖かいですよ」という声と魂のようなものが、指先から肩、首を経て顔へひたひたと這い上がってきてくすぐったい。
「いかが?」
 瞼をチロチロとやわらかく擦るコリコリとしたものは、かたつむりの目玉だった。あ、睫毛と瞼があるんだな、と思った。
「しかし君は家を離れられないだろう?」
「それはあなたも同じことでしょ?」
 実際問題として、かたつむりの言う通りだった。
「家賃とか掃除とか大変だよ。隣は神経質だし」
「何とかなりますよ。静かにしてるし」
 かたつむりにそう言われると、僕は、本当に何とかなりそうな気がしてきた。
 仕事、探しに行こうかな。
その他
公開:20/12/05 10:38

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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