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入社初日の早朝。私は木こりとして暮らした山を30年ぶりに下りた。
私をヘッドハントしたのはチェーンソーを製造販売する会社で、その名もザ・チェーンソー株式会社。私はパフォーマンス部に配属が決まっている。木こりの経験を若い人たちに伝えるのが仕事となるのだろう。
今日は入社式のあとで若い社員が社内や工場を案内してくれるという。私は人と話すのが苦手で、休憩のときなど、若い社員の彼と何を話していいのかわからなかった。彼もまたシャイな子で、ふたりきりの休憩室には、山中の湖畔よりも沁みる静寂がうまれた。
彼はコーヒーを淹れるとカップの中に生のしらすを一尾ずつ沈めた。
やがてしらすは白くふやけてカップの中を自由に泳ぎはじめる。
私たちは無言のままそれぞれのカップに釣り糸を垂らす。
先に釣りあげたのは彼で、私はそれをチェーンソーで三枚におろした。
半身ずつ食べながら、私は彼に休日の過ごし方を聞いてみたんだ。
公開:20/12/04 15:34

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