果実たち

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季節労働に憧れて、ついにみつけた保湿業。私が選んだ工場は高台のみかん畑の中にあって、毎日麓の町から歩いて通った。
乾いた喉には水を。心には笑いを。そして肌には保湿クリーム。工場に掲げられた看板だ。
正門には毎日落語を聴かせる着物の男女がいて、私はそれが不快でいつも裏門を使った。
裏門につながる坂の途中には大きなザボンの木がある。その緑色の果実が黄色く熟す頃には夢のような保湿クリームの季節は終わり、春はすぐそこ。
ある日の帰り道、坂を下るとザボンの木に黄色い着物の男女が8人鈴なりにぶら下がっている。私が来るなりひとりが落果して、
「師匠。どうか寄席に戻ってください」
と、工場を辞めるように迫った。
私はまだ保湿クリームを練っていたい。機は熟しました、などと口走ったら破門にしてやると思った途端、弟子たちは次々に落果して、一門の名を叫び坂を転がり落ちていった。
しゃあないか。
私もあとに続いた。
公開:21/02/12 10:38
更新:21/02/12 10:44

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