あの人の残り香

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「パパ…?」
「あ、悪い、起こしたか。」
グラスからカランと音がする。
「う…ん。誰かとお話してた?」
そう言って娘は頭を巡らせる。
しかし、そこには縁側に座っている自分しかいない。
「いや、歌を歌ってたんだ。こいつを飲んでたら、気分が良くなってね。」
そう言って横に置いてある瓶を見せる。
透き通った液体の中で、白く半透明の花が満月の光を受けてキラキラと揺らめいていた。
「きれい…それに、いいにおい。」
瓶から広がる香りに誘われたのか、トテトテと近寄って来た。
そうしてポテっと寄りかかるように座り、息を一つ吸い込んだ。
「なんかね。落ち着くにおい。懐かしいような感じの。」
そっと頭を撫でてやると、程なくして静かな寝息が耳をくすぐる。
「お前が好きだった香りは、こいつの中に残ってるよ。俺の心にもな。」
そうして美しい月の下で、儚くなった人に盃を向ける。
彼女が愛した花の、その香りのする盃を。
その他
公開:21/02/10 02:30

ハル・レグローブ( 福岡市 )

趣味で昔から物書きをのんびりやってます。
過去に書いたもの、新しく紡ぐ言葉、沢山の言の葉を残していければと思います。
音泉で配信されているインターネットラジオ「月の音色 」の大ファンです。

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