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「心配ないからね」

男は私をベンチから抱き上げた。男は家で残り物のカツを私に与え、ピアノで曲を弾き始めた。滑らかな旋律が脳裏に晴れ渡る空や白い雲を浮かび上がらせる。

普段は飯を貰ったらすぐ逃げるが、この家で暮らすのも悪くなさそうだ。こうして男にカツと名付けられ、暮らし始めた。本当の名前は違うが。

毎日ピアノの上で丸くなり、男の旋律で昼寝をする日々。幸せな空間だった。しかしある日、事件が起きた。男が"まゆみ"という世界で一番好きな人に「50年後も、よければ一緒に」とプロポーズしたせいだ。

私は野良猫アイに戻った。

次にピアノのある空き家に住み着いた。私が鍵盤の上を歩く度に、ピアノは泣くように歌った。私は鍵盤の上を想いを込めて跳ねた。男へ届くようにと。二度と会えない男に、また会える日がくるようにと。

今夜もCコードが鳴り響いた。この瞬間だけは、野良猫アイはカツに戻るのだ。
ファンタジー
公開:21/02/06 18:53
更新:21/02/06 18:56

たらはかに( 日本 )

たらはかに

https://twitter.com/tarahakani
猫ショートショート入選 「猫いちご ・練乳味」
渋谷ショートショート入選 「スク・ラブラブ・ランブル交差点(哀)」とか。

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