火気厳禁

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幼い頃バスから見える看板を読んでは褒められていた。そんな彼の世界はもう無い。奇妙なウイルスが蔓延し、感染者は今までの言葉を失い感染者だけに通じる言葉を発するようになったのだ。新しい言葉は瞬く間に世界を覆い古い言葉は消え去った。
彼は感染しない特異体質を呪った。両親は彼を心配しながら亡くなった。ふたりの言葉は彼には色とりどりの紐や粒のように見え、さっぱり分からなかったが。

年老いた彼は日課の散歩に出かけた。若い頃は微かな希望があったが今はもうない。
公園では走り回る子どもたちの口から虹が生まれ、地面に刺さる。消えては、刺さる。色の交換。笑顔。
ーー誰か俺の話を聞いてくれないか。
その呟きはただ灰色の薄汚れた煙にしか見えないことを、彼は知らない。

帰宅途中で古びたビルの影にしゃがむ人影を見つけた。振り向いた人影が言った。
「火気厳禁」
ビルの壁に汚れたプレート。
ふたりの潤んだ目が合った。
その他
公開:21/02/05 21:34

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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