一長一短

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「髪切ったんです?」
 男は酒場でN氏に声を掛けると隣に坐った。

「気づいたか? そうさ、気づくだろうが?」N氏がくだを巻く。「床屋の野郎にひどく短くされたんだ」

「それは——」男はN氏に哀れんで見せた。

「S街に新しく床屋が出来たと聞いてね。ほんの好奇心さ、ね」N氏は酒臭い息をたっぷりと吐いた。「ま、アンタも床屋選びにはせいぜい気をつけることさ」

「ああ、気をつけるとも。ご親切にどうも有難う。いえ実は、近く髪を切ろうとしていたんで。だから貴方の不幸話を聞けてラッキーでした! 僕は幸せ者ですよ!」気づけば男は空を仰いでいたが、何を思いついたのか急にN氏に向き直った。「幸運に恵まれた人間が僕ひとりであるはずないじゃないか! そうだろうが? 貴方の頭を見れば分かることでした。貴方も幸せ者ですよ! そんな下手な床屋にしばらく用がなさそうですからね」
その他
公開:21/01/26 10:51

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