4
5

「こっちへおいでよ」
僕は暗い海の底を誰かの声に導かれて歩いている。
「どこへ行くの?」
「きみが咲く番だから」
僕の耳は海に溶けて声は骨身に沁みるだけ。まぶたが破れてがらんどうの眼窩を群青色の小魚たちが遊び、もうすぐ夜明けだと報せてくれる。
僕の体のやわらかい部分はほとんど海に溶けたけど、わずかに残る輪郭にときおり触れる手の感触がある。強く握ってほしいのにその手はそっと僕をなぞるだけでなめこのようにぬるりと消えてしまう。
「ねえ教えて。僕は死ぬの?」
あたたかい砂地を過ぎて僕はひとりもずくの森に足を踏み入れた。空と海を滲ませたやわらかな朝の光が揺れるもずくに乱反射して、むきだしの僕を優しく拭ってくれる。ここはさよならのランウェイ。小魚たちは光の糸を紡いで僕のなくした輪郭を編もうとしている。
なめこ火のような僕の魂がぬるりと森の奥で果てると地上では蝋梅の花が咲く。たった一輪、甘い輪廻の。
公開:21/01/19 19:13

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容