異国の少女

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「二度と俺の敷居をまたぐな」
夫の目から飛び出した褐色の少女は目の前で食事をしている私に驚いた様子で、怯えながら室内を見回し、私が立てば逃げるそぶりでリビングを走り、かと思えばキッチンの換気扇を不思議そうに見上げて、助けを乞うような視線を私に向けた。
夫はよく映画館からヒロインを連れて帰る。それは魂や残像として夫の目に封じこまれている。ただ夫が作品の結末を気に入らないとき、そのヒロインたちが目から追い出されることがあった。
私は部屋を出てゆく少女が心配になりあとを追った。
団地の前に広がる草原には建設途中で放棄された巨大な石造りの競技場があって、錆びたフェンスの向こうには闘牛場のような世界と砂塵の舞う異国のバザールが見える。様々な人が行き交う中、黒い布を纏ったあの少女だけがこちらの世界を見つめている。
「My Life」
道ゆく誰かがアジュールと叫ぶと、空を見上げた少女が星のように笑った。
公開:20/10/29 14:20
更新:20/10/29 14:23

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