おぎゃあ

私は消しゴムを手にうまれた。
母親のこころには紙と鉛筆があって、つらいこと、かなしいこと、くい、が書きつけてある。私の手はやわらかく透きとおっているから、おっぱいのときにそっと母親のこころの文字を消してゆく。
少しずつ。少しずつ。消せないことや痕が残ることもある。
少しずつ。少しずつ。人の一生は消しゴムひとつ。使いきったらお別れ。
私は想う。消しゴムを残したまま旅立った人のことを。
南の島や北の岬に誰かが残した消しゴムは風に削れて運ばれてきっと誰かのこころを洗うのだろう。
少しずつ。少しずつ。たったひとつの小さな消しゴム。
私は想う。平和とは使いきること。残さぬこと。
冷蔵庫のマヨネーズ。洗面台の歯磨き粉。言えなかったごめんね。
人はいろんなものを残しちゃう。けれどこころ残りはなるべく消して余白をつくりたいよ。最後にありがとうと書くために。
聞こえてる？
私のおぎゃあ。
生きて。生きてよ。